発想セクション

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時の経つのがはやくなったと言うけれど

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時の流れに身をまかせ

年を重ねるごとに、時の流れははやくなるとかなんとか。

確かに、毎日が毎日ただただ疲れるように遊んだ小学生の時分なんぞと比べると

それはもう濁流かと見まがうくらいはやくなりましたね。

まあ、こんなんで濁流とか言ってたら、ジジイになりでもしたら鉄砲水のそれになってしまうので

ここは美容室のシャワーくらいにしておきますけれども

 

まあ、それはさておき。

そんな時の流れを不思議に思うことは誰しもあるはず。

どうして大人になると、時間がはやく過ぎていくのかと。

 

時間だけは平等だよとか、努力を強要する人はよく言いますが

それはまあ客観時間であって、人は主観で生きているものですから

悲しいかな、同じ時間は生きていられないんです。

 

まず、もって時間の設定から不平等極まりないと思うじゃないですか。

何が標準時ですか!

おれを標準化するな!

とかいう人は痛い人ですけれども、

標準化したということは、間がごっそり削られてるんですよ。

 

とはいっても数分数秒の違いで、問題ないから標準化されてるんでしょ?

何を寝ぼけたことを言っているんですか。

時間がずれるということは、日の出日の入りの時間が若干地域によって違うということですよ。

全ての時間が平等で、標準時なんてものがないとしたら

どの地域も日の出の時間と日の入りの時間が一緒であるべきなのです。

 

それの何が重要なのか。

重要ですよ。

人間は、時間と太陽の明かりを目安に生活しているじゃないですか。

こんな時間なのにまだ明るいとなるとまだまだ遊べる気がしてきます

こんな時間なのにもう真っ暗となるともう遊べない気がしてきます

標準時はこの感覚を不平等にするんです

 

まあ、標準時便利ですけどね。

標準時は流れでけなしただけで、そんなに思ってないです。

グリニッジ最高!

どうして大人になると時間が経つのがはやくなるの?

そうじゃなくてですね。

私が言いたかったのは

大人になると時間が経つのがはやくなる理由がわかった

ということなんですよ。

 

なんかいろいろ説があることはわかりました。

5歳の子供の1年は5分の1年だけど、40歳の大人の1年は40分の1年だからとか

心拍数が関係しているとか

記憶量が関係しているとか

なんかまあもっともらしい説がつらつらと並んでおりました。

 

でもね、私はそんな小難しい話じゃないと思うんですよね。

いや、そういう小難しい話も一枚かんできていると思うんですが、

こういう話は幼稚だから誰もしなかっただけで、

案外こういうのが真相だったりするんだと思うんですよ。

 

大人になったら時間が短く感じるのは、

移動時間が長くなったから

だと私は思います。

 

子供のころを思い出してほしいのですけど、

小学生のころなんかはほとんどが近所で遊ぶので完結していたと思います。

少し遠くの友達と遊ぶと言っても

お母さんが10分弱くらいで車でちょちょいと送り迎えをしてくれました。

それもそのはず、小学校の学区というのはとりわけ小さかったことと思います。

小学生はアフター5を着の身着のまま100%使えたのです。

 

中学生になると少し学区も広がって、遠くの友達ができるものですが

それでもまだ知れているものでしょう。

 

高校生になって、学校も隣町にあったりと戦うフィールドが広がってまいります。

 

大学にもなるともうどこにあるかもわかりませんね。

逆に一人暮らしなどをはじめて近くなるのでは?

と思うかもしれませんが、このころになると遊ぶ場所が広範囲に広がるようになっていきます。

 

こういう風にして、人は大人になるにつれて

使えるアフター5の時間が限られてくるのです。

そう、移動時間のせいで。

 

子供のころより遊びを知った大人たちは、

知った遊びの分だけ、遊べなくなっていくものなのです。

 

昔は、今日は誰とどこで遊ぶという議題が持ち上がってから可決までの流れが非常にスムーズで

非常に優秀な審理機関を持っていたものです。

 

今日遊ぼうぜ!いいよ!

簡単ですね。

 

今となっては、

遊ぼうぜ

じゃあまず日付を決めよう

(折衝)

次は人を呼ぼう

(募集)

でいったい何するよ

 

これに何日かけるんですか?

そりゃ、時間が短くもなるわけですよ。

 

なんか漠然と時が流れるのがはやくなったなと感じていましたが

脳とか、そういったものが悪いんじゃないです

自分たちのその決定力不足が、悪いのです。

なんかサッカーの話してるみたいですね。

 

 

と、友達と飲むのに片道1時間かけてる時に思いました。

でもまあ、たぶん脳のせいです。