発想セクション

若年性おっさんコラムニスト・レディ夫のゆるふわコラムが読めるのは発想セクションだけ!!

私がブログを書く理由

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決意

私が、どうしてこんな訳のわからない恥さらしブログを始めたのか。

理由は2つです。

 

  1. 文章でお金を稼げるようになりたい
  2. 発想をにぶらせたくない

 

文章でお金を稼ぐ

社会に出てみて気付いたことは、

私は、自分の思ったこと・考えたことで

人から何かしらのアクションを得られることに喜びを感じるということでした。

 

ただただ働いてみて、

黙々と事務仕事をこなしてみて感じたことは、

今のところ、仕事にお金を得られる以外の喜びを感じられないということです。

 

そんな話をすると、

「まだ1年目だしわからない」

「仕事ってそういうものじゃないか」

という意見もいろんなところからもらい、

ある一定の納得まではできました。

 

とはいえそれで何もしないまま、日々を漫然と過ごすのもいかがなものかと思い、

今この状況で始められることをやってみよう

と思ってたどり着いたのが、ブログというものでありました。

 

そうやって書いてみると、

やっぱり楽しいし、反応を得られるのもうれしい。

これをお金にできたらという思いが強くなりました。

 

発想をにぶらせたくない

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これは私が大学時代につけていたノートです。

ブログのタイトルが、「発想セクション」などという恥ずかしいものになっているのは

ここに端を発しています。

 

自分が思ったこと、考えたことをノートに書き留めて残していく

そういった作業をして、練習のようにしていたのがこのノートです。

 

このノートは3冊ほどにはなったのですが、

社会人になって時間がなくなり、いつしかつけなくなっていきました。

 

社会人であることに一生懸命生きていると感じることがありました。

自分の言うこと、考えることに面白みを感じなくなってきたと。

 

久しぶりにかつてつけていた発想セクションを引っ張り出してみると

どんな小さいことにでも何かしら言っている自分がいて、

手前味噌ではありますが、たまに面白い。

 

このまま自分が面白いと思うことを一切表現できなくなる自分になりたくないと思い、

少しでもいいから昔のように考えられる頭を取り戻そうと

このブログを始めたというわけです。

 

自分語りの末に

こうやってブログをやっていると、

表現するのに必要なことは、

恥としがらみを捨てることだと感じました。

 

ブログを発表して、今までの友達はどう思うのか

こんなこと言って、友人は離れていかないのか

そんなことを考えては、文章で稼いでいくことなんてできないのだろうと感じます。

 

また発想をにぶらせないようにと始めたブログで

「テーマ性を感じないから、共感しにくい」

「もっと読み手を意識して書いた方がいいんじゃない」

「文章力がくそ。結論に向かって、横道が本論にすり替わらないように書け」

こういったことを言ってくれる友人に感謝して

もっと発想と文章力を磨いていこうと心を新たにしたのもいいことだったかと思います。

 

 

こういう記事を書くのも恥ずかしいのですが、

これからは適当に記事を書くだけではなく

・会社員が会社員を抜け出せるのか

社会人が社会人であることに抗う

というテーマ・指針をもって、記事を書いていきたいと思います。

 

よろしくお願いします。

 

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